ザ・サーファーズ・ジャーナル・日本語版 Volume1 No.6

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【ザ・サーファーズ・ジャーナル日本語版Volume1 No.6】

2012/2/10発売号 English Edition : Volume20 No.6

【Liner Notes / 解説 By スコット・ヒューレット】

6月頃のこと。僕はこの号の方向性が気に入っていた。発行する度に各号を評価し、品質の差を明らかにする。この号には何か良い感触を受けた。計画表の上でカタチができてきた時、原点回帰的色彩があり、しかもパノラマ的に見えた。ちょうど波のポケットに上手く入ったような感覚だ。さまざまな最新の話題にも触れているし。しかし諦めた記事も確かにあった。皮肉や謙遜で言っているのではない。例えば僕らには、コンテストの記事をウェブのようにタイムリーに掲載することはできない。僕らの持つ準備期間では無理のある速報は極力避けている。そのためにウェブがあるのだから。しかしそんなデメリットは、現代において間接的には明快なメリットと捉えることもできる。私たちはよりパワフルな部分にフォーカスしようとする自分たち、そしてライターたちの判断を信じている。

今号のラスティ・ロングが好例だ。何ヶ月か前、窓から外を見ていたら、彼の古いランクルが建物の前に止まった。僕にとって嬉しい光景だ。なぜなら頻繁に世界のビッグウェイブ・ハンティングの話を持って来てくれるからである。常に気楽な感じで訪ねて来る彼は、いつもソファに寝転がると、最新の話題を僕に語ってくれるのだ。今回は、過去に見た中で最も大きな波をアイルランドで見たという話。彼はそれを80フィートだと目測した。ひょっとするともっと大きかったのかも知れない。今回は、その波が崩れる場所まで行けなかったのだ。彼はそのことを悔やんでいる様子だった。彼のゴールは波をただ眺めることではない。その波に乗って勇気を証明することなのだから。特集内の写真は彼自身が撮影したものだ。あのレフトのチューブを60 から80フィートだと測定する。その計算は間違いないだろう。最近プエルトエスコディートで受けた大火傷もすでに癒されたというから、きっともう一度、あのウェイブ・ハンティングに出かけることだろう。

いつも寄稿してくれているキンボール・テイラーは、幾つかのサーフ・ストーリーで編んだ著書本が生み出されるのを、ラマーズ呼吸をしながら待っている。深い呼吸はひとつのストーリー。彼は古い自転車を手に入れ、ボブ・シモンズの1950年代の旅を真似て、マカハからサンセットまで、オアフの北西岸沿いでペダルを踏んだのだ。その記事の中では歴史的背景に着目する。ノースショアは50 年代からは大きく変わった。彼はそんな当然至極なことには拘らない。だから僕は、彼の作品が好きなのだ。完成した記事はフーガのような小品。英文7,000ワード以内でこんな珠玉のニュアンスに満ちた冷静なレポートをまとめるなんて、本来は困難極まりない。ちょうどブログ217個分に相当する原稿量。この記事には、セピア・トーンの大げさな白黒写真など必要なかった。ジェフ・ディバインは、友人の写真家ブライン・ビールマンに、キンボールと一緒に自転車に乗ってそのルートを走ってくれと依頼した。結果は上々だった。

不可思議なサーフ、トラベル、そしてデザインを組み合わせることを得意とする写真家のダスティン・ハンフリー。彼は、元サーフウェアーのブランド、マンボの親玉だったデア・ジェニングスとカービー・タックウェルがバリに開設した、バイクショップ/サーフボード工場/写真スタジオ/カフェのコンプレックスの中に、自分を発見する。この会社のシドニーにある母船デウス・エクス・マキナは、カスタムの古いカフェ・レーサーをはじめ、各種改造バイクを上手に作り上げることでカルト的評判を獲得している。オーナーと従業員は全員サーフするため、バリに支部が必要だと考えた。ボアラ! 彼らの見た目はヨッボー・ウェスティーズ(保守的な田舎者のOZ)。インドネシアの黒い砂の上を突っ走り、亀の卵をルースター・テールに巻き上げ、ヒンズーのお寺の神聖な供物を轢き去ってしまうかも知れない。いや、心配は無用! 彼らはよく分かったスピリチャルに敏感なニューエイジだ。異文化交流に熟達するティー・ドリンカーズ(酒を呑まない人たち)。僕らは確かな筋からそんな情報を得ている。

こちらの母船で僕たちは、2012年のために一生懸命働いている。噂で聞いた話を調査し、読みたい記事に本気で取り組み、興味を刺激された話題を取材し、今まで存在さえ疑った写真の宝を発見するなどなど、いつもそんな驚きを探求し続けている。読者諸兄が、僕らと共に母船に乗って旅し続けてくれていることに、心からの感謝を。


【From the Editor / 編集部より】 By T.I

翻訳

先日、ある読者と本誌について話す機会があった。その読者は、日本のサーフィン黎明期から現在まで、ひたすら情熱的にサーフし続けてきたベテラン・サーファー。当然のことながらサーフ・メディアへの造詣も深く、草創期のSW 誌はじめSC 誌やその関連誌を、それこそ穴が空くほど繰り返し読み耽った類の人物。当時の雑誌に掲載された記事や、写真キャプションに至るまでアタマに刷り込んでしまう私みたいな人間とはまさに同類の、いわばひじょうにウマが合う愛すべきサーフィンおたくなのである。しかしその彼が、同席した宴席でこんな事を言ったのだった。 

「あれさ、日本語としては全然駄目だよね。もっとさ、どんどん意訳して日本語版ならではのカラーを打ち出していけばいいのに・・・云々」 

翻訳原稿すべてに目を通し、日本語表現に関して常に責任を持ってチェックしていると自負する私にとっては、いささかショックな意見ではあった。が、彼の意見に反論する確乎たる論拠も私にはない。 本誌は、米国発信の波乗りの記事を、日本のサーファー向けに分かり易い読み物として再生し提供する事を目的とした日本語版である。その翻訳された日本語を 「全然駄目ぇ〜」と言われてしまえば、もう元も子もないではないか。まずは猛省あるのみ。この姿勢が大切だ。とは言えここで引き下がる訳にもいかない。反論とまでは行かないが、この場を借りてあえて言わせて貰う事にした。 

かつて、一般劇場向けサーフ・ドキュメンタリー映画の日本語版監修を担当し、大失敗したという経験が私にはある。作業は、字幕翻訳家が訳した日本語を、技術的部分を中心に私がチェックするという手順で行われる。ビッグウェイブ・チャレンジの歴史を、さまざまな人物の証言を通して描くその作品には、本誌でもお馴染みの錚々たるカリフォルニアのレジェンドたちが多数登場する。なんせ歴史的な人物たちである。当初から翻訳家は、あたかも学者のような威厳に満ちたトーンを基調に彼らの発言を翻訳した。さらに映画の字幕というヤツは、文字数や秒数等に細かなルールがあり、その枠に収めるために、日頃馴染みのない外国の文化的背景等はおおむねカットされる。だから私たちが観ている外国映画の字幕は、ほとんどがその喋っている内容のみを伝えることに注力していると言って良い。その作品もそうだった。彼らレジェンドの語りを極力簡潔にまとめる事に集中する作業。だから文化的背景を含む引用や例え等の枝葉はカットされ、いわゆる意訳に終始する。結果、日本語字幕では、子供のようにはしゃぎながらジョークを連発し、無邪気に語る彼らのイノセントな存在感が消えてしまった。彼らに対して、畏怖とも呼べる尊敬の気持ちを抱いていた私の作業も同様だった。その威厳に満ちたトーンに何の疑いも持たず専門用語のチェックのみに終始。そして完成したその作品を観た私の友人が、不満そうな様子で訊ねてきた。 

「あれ誰が訳したの?」 
「ん? 字幕の翻訳者がいて、それをオレが監修したんだけど・ ・・」 
「なんでお前が監修してんのにああなるの? サーファー特有のウィットがすべて消えてる!奴らは学校の先生じゃないんだぜ!カリフォルニアのおっさんたちが、無邪気に下らない駄洒落を楽しみながら喋る、その味が面白いのに!」 

なるほど。伝説の人物たちは偉大で尊厳に満ちている…そんな勝手な思い込みとさまざま制約の中で、私たちはおよそサーファーというテイストからはかけ離れた言葉を羅列する事によって、味も素っ気もないサーファー像を創作してしまったという訳だ。一般映画という前提で今考えると、この行為は、日本におけるサーファーの定義そのものに関わる重大問題だったのかも知れない。いやマジで。 

因みに、この苦言を呈した人物とは、現在私と共に本誌編集作業に携わっているジョージ・カックルその人である。 前述したように、本誌は「米国発信の波乗りの記事を、日本のサーファー向けに分かり易い読み物として再生し提供する事を目的とした日本語版」である。さらに本誌の性格を鮮明にするために、この“ 米国発信”という部分を“カリフォルニア発信”としてみよう。そう! ここに集められた記事は、カリフォルニアという、近代サーフィンにとっては間違いなく特別な場所に生きるサーファーたちが、その特別な環境で培ったセンスと興味で選りすぐった逸話の数々。だから誌面には、個性的なジョークとウィットがひしめき合い、独特なグルーブが脈打つ。本誌では、そんなカリフォルニアのサーファーたち独自の視点から、現在の波乗りの世界を取り巻く状況や事柄、さらには歴史的事実までが紹介されている。ならば、内容は勿論、そこに流れる独特なテイストを日本語で正しく再現する。まずはそこに徹底的に拘る事こそが、私たち日本語版スタッフの重要な使命だと私は思っている。 

本誌も今号をもって初年度を無事終了し、2年目をスタートさせる事となった。2年目は、新しい試みにもチャレンジしたいと考えてはいるのだが、しかし私は、いつも、あえてこの拘りだけは貫いて行こうと考えている。そして、この拘りの作業を貫くことで、そこに日本の波乗りの昨日、今日、そして明日を垣間見ることが出来る事を祈って、果てしのない日本語版制作の世界に、またどっぷりと浸かって行こうと考えるのだった。

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