【TSJJ Volume3 No. 3】Going Deeper | 更に深く追求する

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【最新号 ザ・サーファーズ・ジャーナル日本語版Volume3 No.3】

2012/12/10発売号 English Edition Volume 22 No.1

【Liner Notes / 解説 By スコット・ヒューレット】

「Packing Barrels(パッキング・バレル)̶ 樽に詰めこむ」。この言葉は、産業革命の機械化による流れ作業や、工場の作業員たちが藁わらの入った木箱の中に、手榴弾を詰めこむさまを想起させる。「グリーンルーム」とか「チューブの中では時間が止まる」といったロマンティックな表現は、パロスバルデスのサーファーどもが「タリーホ!」とか「カワバンガ!」と叫んでいたのと同様に、間違いなくもはや時代錯誤だ。

それはあたかも、カール・セーガン(※1)とティモシー・リアリー(※2)たちラリぱっぱどものケツを、質実剛健な産業革命の父、ヘンリー・フォードが蹴っ飛ばしているといった様子を思い起こさせる。 この「パッキング」という言葉は、メキシコ本土のティエラ・カリエンテ(ホットな土地)で生まれた。ここにはさまざまな外国からのはみ出し者たちが住みついた。海底の谷間がつくりだすソリッドな波が、黒い砂浜にエネルギーを爆発させる場所でもある。ここに集まる漂流者たちは、チューブに入っている時間を、秒数ではなく時間単位で計測し、残酷かつ効率的にライディングに対する評価を完璧にくだす。

僕らにとっては、ある意味普遍的に軽蔑の対象であるジェットスキーは、ここではきわめて重要な役割を担っている。あたかもユンカースのシュツーカ戦闘機(※3)のように、マシーンはふたりのクルーを乗せ、パイロットは海岸に向かってスピードを出し、うねりと競いあってそれを追いこL I N E R N O T E Sす。牽引されるショットガンに乗っているサーファーは、横になった体勢からでも立った体勢からでも、そこから直接海に飛びこむ。このやり方には余裕があり、メイクできる確率が高い。チームはピークの裏からチューブを狙えるため、レフトの波がライトにもメイクできてしまう。積荷を空にして、フラットなエリアまでスキーを走らせ、チューブの中を進むサーファーと併走しながら、サーファーがキックアウトする場所まで向かう。パドルはゼロ。パックのメイク率90%プラスアルファ。

ひとシーズンこれをくり返せば、きっと君も、he’e nalu(ハワイ語でサーフィンの意)の歴史のなかで、もっとも多くチューブに入ったサーファーたち12人ほどの仲間に入れるはずだ。

僕らは、そこをレポートするために、きわめてマシーン嫌いなクリスチャン・ビーミッシュを送りこんだ。彼はこの「プエルトじゃないビーチ」に、この10年間で2回訪れ、ここのサーファーたちが、自然と身につけてしまった騒音や振動とそのハードさが嫌いだったにも関わらず、真摯にジャッジをくだすことにした。これは注釈が必要なサーフィンなのか? まさしくそうかもしれないが、彼のなかに存在するサーファーとしての本能は、クルーがここで獲得する最大級のチューブライディング・タイムを無視することを許さなかった。

TSJJ_3-3q_LN社会学的要素は、PC画面上のサイドバー的な関心事だ。このシュツーカのパイロットたち、チューブをパックする連中、人々の目から隠れている連中、彼らのアプローチには、どこか不思議な純粋さが存在する。彼らは、そのトリップの中であまり策におちいらない。かっこをつけたクールな連中のような誇張も存在しない。彼らは秘密裏にカモフラージュし、カーテンの裏に隠れる。そしてそこには、なによりもあの最高な波がある。

さて、話変わって、昨冬、ウエストコーストはうねりに恵まれた。ここに住んでいれば、それがなぜだかは容易に理解できるはずだ。東アジアで猛威をふるった嵐は、日本と千島列島の上空で凶暴な力を蓄え、アリューシャン列島上空においてさらに巨大になり、天気図の色を刻々と変化させていった。インターネット上では誇張された発言の火が燃えさかり、またたく間に噂となって広がったが、こういった場合はけっこう不運な結果を招いたりもするものだ。1月には、まだ適切な判断ができなかった。呑気なことを言っているようだが、逆にこの低気圧によるうねりも、たったの一度しか訪れなかったのだから。しかしこれは美しくも予測不可能な特徴を示していた。結論をくだすにはいささか困りはてた状況だった。評論家たちも困っていた。炸裂しそうな場所でも、せいぜいくすぐられた程度の波。マーヴェリックスか? チンケなリンコン? 空袋みたいなスワミーズ? はたまたサンフランシスコのオーシャン・ビーチはどうだろうか?このとき僕は、思いつくままにサーファーの名前を挙げ、調べてみた。すると彼ら卓越したプロたちは、みんなAクラスのポイントではなく、あのオーシャン・ビーチに集結していることがわかった。そしてアダム・ワシントンが撮ったコーデュロイのような写真が送られてくると、それまでは束の間のうねりを記録するつもりなんかさらさらなかった僕も、すぐさまサンフランシスコをベースに活動するライター、レース・サミュエルズに電話し、用意していた記事をキャンセルしてしまった。

TSJJ_3-3ss_LN本誌上で僕は、今回もいつもの軽薄な編集者のままでいられたが、それにしてもこの号は、まさに「パック」と呼んで差し支えない秀逸な出来だと確信している。しかしじっさい、僕らの作業は永遠の旅のようなもの。今回もこの旅に同行してくれてありがとう。ではまた2ヶ月後に。ー スコット・ヒューレット
 


【From the Editor / 編集部より】
A FRIEND OF THE DEVIL(IS A FRIEND OF MINE)

この号は僕にとって特別な意味がある。ひとつはザ・サーファーズ・ジャーナル日本語版の2回目のオリジナルコンテンツであるデビル西岡のストーリー、「THIS DEVIL WON’T DIE(このデビルは死なない)」、そしてもうひとつは、僕が18年間も住んでいたサンフランシスコのビッグウェーブ・ストーリーが掲載されていることだ。

タイトルバックのデビルの写真をみると、恐い目をした男がカメラマンにガンをとばしている。もしあなたが暗いバーのカウンターに座った瞬間、いや、明るいホテルのバーに座ったとしても、彼がその隣の椅子に座っていたらどうする?さっさとお酒を飲んでその場を去るだろう。でも、このストーリーを読んでからもう一度この写真を見ると、きっと印象が変わるに違いない。その眼はイノセントで、混乱している。ちょっと哀かなしく、まじめで優しいことに気づくだろう。それがデビル西岡だ。

1 0 年ほどまえ、彼が作っている『CYBORG』という雑誌で、当時七里ケ浜にあったレストラン&バーJ.J.モンクスでワインを飲みながら音楽にかんして対談をしないかと頼まれた。メンバーはデビル、横山泰介とぼくの3人。最初は音楽の話だったが、彼の話しぶりはまるでピンボール玉のように跳ね返って、さまざまなことを話すこととなった。アメリカ、日本、スケートボード、サーフィン、政治。最後にはジョーゼフ・キャンベル(※)の『千の顔を持つ英雄』まで、難しい哲学的な話におよんだ。デビルとの会話はいつも熱い。彼はパッションをもって話す。彼はさまざまな文化の橋渡しになりたいのかもしれない。そのとき、僕は気づいた。彼は普通の日本人じゃない。頭のなかはアメリカ、心は日本人。アメリカ人はデビルとおなじで、ときどき煩うるさくて、乱暴なところがある。対談するときも、回りの人からはケンカをしていると思われるときもある。短時間のはずの対談が何時間にもなり、ワインのボトルは何本も転がっていった。彼との話は長くなるのを覚悟しないといけない。彼の世界に入っていく。アトムが爆発して飛んでいくみたいに、いやぼくも、そのなかに入って一緒に飛んでいくような話だ。気をつけないと、デビルの渦に引きこまれてしまう。

その後、僕がDJをする番組『レイジーサンデー』のオーシャンチルドレンというコーナーで、デビルをインタビューするチャンスがあった。しかし、これはあまりにも強烈なインタビューだったので、番組のディレクターはこう言った。「これは番組で流せません!」。放送禁止用語が多いだけではなく、日曜の朝は家族で聞いているリスナーも多いからだ。その後、編集に編集を重ねて番組に流れたバージョンは、デビル西岡のクリーンバージョンだった。

こんなこともあった。原因は覚えていないが、ぼくは彼に電話をして「…ファック・ユー!」と怒ったことがある。これは彼がアメリカ人のことをよくわかっているから言えたことだ。ぼくの経験では、もし日本の人にこんなことを言ったら、絶交になるだろう。しかし、少し時間が経ってから開催された彼の還暦パーティーに、ぼくはなにもなかったかのように行った。すると後日、ぼくの留守電には、彼のありがとうのメッセージが残っていた。

そんなデビル西岡の記事は、以前のラジオインタビューの完全版に当たる。ラジオの分ではまだまだ足りないといって、編集長の森下がデビルのインタビューの続きをしてきた。森下もデビルのボルテックスに巻きこまれてしまったようだ。1日のインタビューが2日間に、それが1週間に、そして1ヵ月、2ヵ月と伸びた。原稿の締め切りの前日に編集長の森下に電話して様子を伺うと、少し話したあと、急に「ばかやろう!」とぼくにどなって、電話をガチャンと切った。笑ってしまった。まるでぼくとおなじだ。森下もデビルの世界に引きこまれてしまった。

デビル西岡、ワイルドで熱い男。今回の記事は、周囲を自分の世界に巻きこむ男デビルの素顔がにじみ出ている。きっと感じるところがあるに違いない。もしかしたら、一緒にお酒を飲みたくなるかもしれないね。

そして今回、もうひとつの記事、「OUTRE BAR」は、僕にとっては懐かしいサーフスポットだ。サンフランシスコに住んでいた頃、オーシャン・ビーチをサーフィンしているとき、みんなこんな波に入ってよく溺れないなと、僕は思っていた。今回、オーシャン・ビーチのストーリーを読んでもらえば、このサーフスポットのすごさをみんなにわかってもらえるだろう。これほど大きな波はそんなに頻繁にあるわけではないけれど、基本的にオーシャン・ビーチの波はアウトサイドに出ることができれば、サーフできるんだ。問題はアウトサイドに出ること。チャンネルがないので、波の下を潜ってアウトサイドに行くしかない。チャンネルがあれば、だれでもアウトサイドには出ていける。だから、ダブルの波に乗るには、ダブルの波を何回も潜って出るしかない。ダブルの波を潜っていない人はトリプルの波には出られない。ひとりずつ違うリミットがあるけれど、それは海が決めてくれる。でも、それほど波が大きいと、リップタイドが流れていく水の量も大きい。だから、ときどき出られないつもりだったのに、流れにのせられて沖に出されてしまうことがある。ストーリーのなかで、ゴープロをボードにのせた若いサーファーのような目にあってしまうことがある。ザ・サーファーズ・ジャーナル日本語版のスタッフのひとり、井澤もおなじ目にあったことがある。ぼくは彼に、「大丈夫だよ、どうせ出られないからやってみたら」と言った。でも、残念ながら(!?)彼はアウトサイドに出ることができちゃったんだ。アウトに出られた彼は、結局とんでもなく大きな波に巻かれてしまったけどね。̶ ジョージ・カックル

ニシオカからの留守番電話。 
ジョージ、このまえ来てくれて、ありがとう。友情を感じました。しかも、島自慢と小さかったけどクサヤ持ってきてくれて、死ぬほど嬉しかったです。すばらしかった!美味しかった!食いすぎで歯茎が腫れちゃって、エヘヘへ…。それと、いろいろ、おれのことは気にしなくていいですよ。でも、なんかあって、協力できることがあれば、連絡ください。ファックス、電話あるんだけどさ…、携帯持たないから…。それと、タカヤマ、けっこう悲しいなって思っていてさ…、おれ、カリフォルニアに行けないから。みんなと話しているんだけど…。まあ、いろいろな人たちと仲良くしてくださいよ。ありがとう、島の焼酎とクサヤ。それと、オバマが勝たなかったら、おれは二度と心をひらくのやめようと思ったけど。エ~イ、オバマね!まだオバマは辞めちゃいけないよね。あいつはやりはじめたら、やる人だから、やらしておいたほうがいいよ。世の中、少しはよくなるよ。ウン! 所得ばっかり考えなくていい生活を人間ができるようになったら。Yeh, Men! We got a win! どうもありがとう、コックル。寒いね~! バイクで足を潰しちゃって、辛いよ、涙ですよ…。ありがとうね~、本はべつに気にしなくていいよ。でも、このまえ、初めて送ってもらって嬉しかったです。それでは、ありがとう…、…、…。

後日談: 
西岡昌典(以後西岡)がジョージとトラブっていたのは昨年のインタスタールの会場でだった。原因はジョージの連絡不行き届きだったのだが、西岡にとっては裏切られたという思いがあったのだろう、執しつよう拗にジョージを攻めたてていた。会場をあとにするさいには、「ジャーナルって、どういう意味か知ってんのかよ~!」と、ネイティブ・スピーカーのジョージに向かって捨てぜりふを残して。その翌朝、西岡から私に電話があった。昨晩、深夜に知らない外人(!?)から電話があったと彼は言う。その外人は「ファック・ユー」と一言叫ぶと、電話をハングアップしたと。「夜中に電話してきやがって、おれはアタマにきたんだ。でもさ、『ファック・ユー』って言われたことで冷静になって考えてみると、おれのほうも悪かったんだなって思ったんだ」。私は思わず、笑ってしまった。西岡も西岡だけど、ジョージもジョージ。アメリカ人ぽいエピソードだよね。それから、彼と小一時間ほど話しただろうか。彼の用件は最初の3分だけで、あとの57分は例の爆裂連射トークだった。̶ 森下 茂男

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